タイトルが決まったら。(仮)

いろんなものを見たり、聞いたり。映画を中心に、日々の出来事とそれに伴う感覚を記してみます。なお、本文と関係ないトラバは削除することがあります。
「レッド・クリフ part II」鑑賞→完結
「レッド・クリフ part II」
昨年末に見たpart Iに続き、これで完結です。

そもそもレッド・クリフを見に行ったのは、トニー・レオンが目当てです。
好きなので。
ただ、今回のレッド・クリフで株を上げたのは、明らかに金城武でした。

金城武は中国語がベスト。

これは私にとって、「目玉焼きにはソースがベスト」と同じくらい真理です。

彼の場合、過去のどの映画見たって、明らかに中国語の方がかっこいい。
「K-20」にしろ、「ジャワティ」のCMにしろ、日本語だとどうも
ちょっと抜けた気のいい兄ちゃんになっちゃうし。

でも、その中でも今回の諸葛孔明は抜群!
扇を手にした立ち姿が美しいし。
何より、私の孔明イメージにはピッタリでした。

私の孔明イメージは、自信家でポジティブな天才、っていうイメージです。
このポジティブが結構大事。
国を憂えているし、悩みもするのだけど、基本前向き、楽天家。
金城孔明は、常に笑みを称えたような表情と、さわやかで明るい
雰囲気が、このイメージにパシッとはまってたんですよね。


当初、トニー・レオンが孔明って話だったようですし、ファンとしては
やっぱり「ええ〜、三国志なのに孔明じゃないの〜」と思いますが、
トニーだとやっぱりちょっと影が漂いますからねぇ。
正直、金城武で正解、ですよ。


じゃあ、トニー・レオンはどうなのかっていうと、
相も変わらず、影を背負うと色っぽい俳優で。
しかも撮っているのが、ジョン・ウー。
この人、男を美しく撮るのが好きなんだと思うんですよね。
だから、もうこれでもか!とトニーに影を背負わせる。
小喬が曹操のところに向かった後の寝室のシーンなんて、
切なくも痛々しい、トニー・レオンの独壇場ですよ。
Part Iで小喬に手当をしてもらうシーンもそうでしたが
「戦闘シーンよりも、このトニーが撮りたかったんじゃないか?!」
と疑いたくなるほどです。
私はもちろん、同伴した友人(男)まで胸がキュンキュンなったらしいです。

はい、ここまで俳優の話で引っ張りましたが、映画はどうかというと…

正直、赤壁の戦いなのに、黄蓋の活躍やら龐統と連環の計の話やらが
すぽっと抜けていたのが残念。
あれじゃあ、曹操がただ女にうつつを抜かして大失敗した
おっさんに見えます。

でもまあ、そういう細かいことを取っ払えば、
トニー&金城のツートップに、曹操役のチャン・フォンイー、
尚香役のヴィッキー・チャオ、中村獅堂らの熱演もあって
見応えありました。
ジョン・ウーが平和主義者で、赤壁の壮絶な戦いを通して
戦争の痛ましさを伝えたかったこともよく分かったし。
趙雲ファンとしては、趙雲が異常に活躍していたのも想定外の
嬉しさです。
(趙雲が周瑜と背中合わせで戦うって…関羽ならともかく、趙雲には
役がでかくないですか…)

ジョン・ウーは中国で撮るべし。

これも真理に加えときます。
| カブラギミツル | 映画の話 | 02:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
アイロニーいっぱい―「スラムドッグ$ミリオネア」を見た
久々のブログです。

先日見てきたのは、「スラムドッグ$ミリオネア」
「レッドクリフ part II」を見に行ったのですが、いっぱいで。
隣の劇場で上映中の「スラムドッグ$ミリオネア」にしました。

で、結果は…… はっきり言って良かったです。

あらすじはもはや明らかになっているとおり、

スラム出身の青年がテレビ番組「ミリオネア」でミリオネアになる

という、割とシンプルかつアメリカンドリームなストーリーですが、
この映画は随所にアイロニーが含まれているのが面白かった。

そのアイロニーとは…

まず、ミリオネアになるのが、最も欲望に遠かった者ということ。

主人公の兄にしろ、初恋の彼女にしろ、貧しい状況の中で、
生き残ろう、のし上がろうともがきながら大人になっていくのだけれど、
この主人公だけは変わらない。
ずっと初恋の女の子のことを考えているだけ。
のし上がる欲望も持たないまま、現実に適応しているだけ。

ミリオネアに出たのも「彼女が見てるかも」というのだけが理由です。
たぶん、たいていの人は、賞金がほしくてミリオネアに出るのに。
だからインチキを疑われてリンチされても別に動じる様子もありません。

しかも、彼は自ら望んで知識をつけてきた人間ではないんですよ。

映画の中で、「弁護士も、医者も、学者もダメだった」というような
せりふが出てきます。
弁護士とか医者とか学者とかは、学べる環境があり、しかも一生懸命
学んできた。で、その知識に自信も持っているからミリオネアに
出たんだろうと思うんです。
でも、そういう人間でもミリオネアになれなかった。
で、なれたのは彼らと真逆の主人公なわけで。
しかも、主人公はそれをなんでもないことだと思っている。
結局、ミリオネアで要求される知識も、過去の挑戦者が懸命に
身につけた知識も、たいしたもんじゃない。
現実って皮肉なものです。

そして極めつけはストーリーの冒頭と最後に出てくる4つの選択肢。
正解の「D:It's written」は聖書からの引用で、
「あらかじめ決まっていたこと」=「運命」の意味なんでしょうが、
この選択肢を最後に見ると、文字通り「書かれたこと」と取れる。
「ハッピーエンドで良かった、良かった」などと思っている観客に
「これは物語ですよ、実際スラムには過酷な現実はあって、
こんな出来た話はあくまでもおとぎ話なんですよ」と
最後にさりげなく突きつける、そんな感じでしょうか。。。
ダニー・ボイル、クール。かつスマート。



さて、こうして、映画に満足して映画館を出たわけですが、
帰り際、ふと映画のポスターが目にとまりました。

「アカデミー賞8部門受賞」

もしかして、これが最大のアイロニーか、と。

映画の中でこんなシーンがあります。
子供の主人公が殴られて「これが真のインドの姿です」と観光客に言う。
すると、観光客が「アメリカの真の姿を見せてあげるわ」とお金を渡す。
私、このシーンにニヤリとさせられ、お気に入りなんですが。。。

「スラムドッグ$ミリオネア」はスラムの厳しい現実を描きながらも
エキサイティングなシーンや笑いの要素も盛り込んで、適度に
エンタテインメントになってます。

いや、逆に言った方がいいか。

エンタテインメントの中にスラムの厳しい現実を書いている。
これは観賞後の受け手に
「ただエンタテインメントとして楽しんだのではない。
深刻なスラムの現状を知ることが出来た」という満足感を抱かせます。

この自己満足。
これにアカデミーは8つのオスカーを与えたのではのではないか、と。
だとしたら、これって前述のシーンと同じ構造じゃないですか。

ずいぶんと現実も皮肉な結果になったもんだ…
なーんて思ったら、ちょっと考えすぎですかね。
| カブラギミツル | 映画の話 | 03:24 | comments(0) | trackbacks(1) |
ライスボールとか、テレビ観戦 2009
年末に行った底冷えの京都出張、某カウントダウンライブ、
そこから直行の初詣などが原因か、年明けからいきなり風邪気味。
家でやることもなく、今年もアメリカンフットボールの頂上決戦
「ライスボール」をテレビ観戦しておりました。
カードは、立命館 vs 松…もとい、パナソニック電工。

近年は社会人の勝利が続いているんで今回も、と思いきや
終始、立命館のリードで、そのまま立命が勝ちました。
とはいえ、最後の数秒までハラハラする好ゲームでありました。
パナソニック電工も後半は立て直していいところまで行ったし、
ゲインしたヤード数は立命をかなり上回っていたのに
「あとちょっと!」「ええ〜、そこで〜?!」というところで
反則がでたり、攻めきれなかったり…残念でした
(私は社会人びいきなので)。

それにしても……

以前もブログに書いた気がしますが、今年も副音声の解説が
良かった。
副音声は“初めてアメフトを見る人にもわかる初心者向け”。
解説の輿亮さんは元々評価・人気の高い解説者ですが、
「素人にわかりやすく解説しなきゃ」と思っていらっしゃるのか、
いつも以上に冷静で丁寧に思いました。
ご自身は「途中、つい興奮してしまって、皆さんに分かりやすい
解説ができたか不安です」なーんておっしゃっていましたが、
まったくそんなことないです。
ルールだけでなく、戦略面や時間の使い方、各選手の能力についても
説明が細かくて、個々のプレーがどうすごいのか(あるいはダメか)が
よくわかりました。初心者というよりは、初級から中級に上がりたい!
という、私くらいのレベルに最適なのかもしれません。

ついでに、スポーツつながりで書いておくと、
夜は「スポーツマンNo.1決定戦」(TBS)を久々に見まして

ワッキーすごいな…

と思いました。

番組内では、オリンピック選手やプロ選手と対等に闘う
「“芸人”ワッキー」ばかりが強調されていましたが、
私としては「“36歳”ワッキー」ももうちょっと強調すべきではないかと。
現役の22歳のサッカー選手(コオロギのことですが)なんかと競って
勝つっていうのはどういうことかと!年が12も違うのに!
ペナルティのネタが好みでないこともあり(すんません)、
私にはこの人、全く芸人に見えなくなってきました
完全にスポーツ選手カテゴリーです。
| カブラギミツル | スポーツの話 | 02:26 | comments(1) | trackbacks(0) |
今年の映画鑑賞を振り返る
2008年を残すもあと1日。
そろそろ1年を振り返るころかな、と思い、
この1年に見た映画を手元の半券を元に思い出してみました。

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スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師
チーム・バチスタの栄光
ハンティング・パーティー
クレヨンしんちゃん 超嵐を呼ぶ金矛の勇者
相棒―劇場版―
インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国
攻殻機動隊2.0
スピードレーサー
ぐるりのこと。
ハムナプトラ3
カンフー・パンダ
スカイ・クロラ The Sky Crawlers
ハンコック
崖の上のポニョ
パコと魔法の絵本
ブーリン家の姉妹
宮廷画家ゴヤは見た
僕らのミライへ逆回転
トロピック・サンダー/史上最低の作戦
レッドクリフ part I
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うーん、まだ見た気がするんですが、思い出せません。

仕方ないので、とりあえずこの中だけで振り返ってみると
今年のベスト3はこんな感じ?

1位 ぐるりのこと。
 祝・橋口亮輔監督新作上映。
 つくづく、この人は期待を裏切らない、ていうか、
 新作のたびに進化すると実感。いや、すばらしいです。

2位 攻殻機動隊2.0
 祝・リマスターでリメイク。
 ストーリーや脚本はほとんど変わらず、映像と人形使いの声を
 変えただけですが、それでも充分、新味がありました。
 ほとんどの人が「ネットって何?」だった時代にこの映画が
 作られたことに改めて驚きと羨望を感じるとともに、
 「ネット万歳!」の時代にこの映画を劇場で見られたことの
 意味を強く感じます。いや、ネットって広大です。

3位 スカイクロラ

 祝・押井守がわかりやすくなった。
 2位とのつながりで見ると、ただの押井守ファンに見えますが
 (事実、それは否めませんが)、「攻殻機動隊」と「スカイクロラ」
 では、共通点は多々あれど、その映画の方向性は違います。
 スカイクロラで、押井ワールドがグッとわかりやすいラインに
 降りてきた、テーマはグッと普遍的になった、切ない恋愛が
 真正面から描かれた、などなど、新しいポイントあり。
 万人受けにはまだ遠くても、いや、わかりやすくなったです。

次点では、「スウィーニー・ドット」と「ハンティング・パーティー」
あたりを入れておきたいです。
また、意外と面白かったで賞あたりを「ハンコック」にあげたいです。

なお、「レッドクリフ」はpart IIなしには評価できないので、
「ウォーリー」は混んでいてまだ見ていないので、
来年に持ち越します。

それにしても、やっぱりブログにでも書いていないと、映画を見て
自分が何を感じたのかをはっきり思い出すのは難しいですね。
もう少しちゃんと書いた方がいいですね。
って去年も言っていましたが。
| カブラギミツル | 映画の話 | 02:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
遅ればせながら「スカイクロラ」鑑賞記
しばらくぶりの更新は、しばらく前に見た「スカイクロラ」の感想で。
見て以来、ずいぶん時間は経っちまいましたが、
これは感想として(自分のためにも)残しておかんと。
ちゃんとメモ取ってあるから大丈夫だし…なんちて。



で、押井守監督の「スカイクロラ」


一言でいうと切ない。
今までの、押井監督のどの作品よりも、切ない。
もう一言継ぎ足すと、わかりやすい。
今までの、押井監督のどの作品よりも、わかりやすい。


ここから先はネタバレします。



「スカイクロラ」は、十代の姿の戦闘機乗り「キルドレ」たちが主役です。
キルドレは死にません。年も取りません。戦闘機に乗る以外、
することはありません。つまり、戦争という場でのみ、生きる。

時には撃墜されて、死にます。
でも、死んでも再びよみがえります。
映画の中で詳細な説明はないけれど、それを示すエピソードが
そこかしこにちりばめられている。
キルドレたちは、死ねば(おそらく)スキルだけを別の体(擬体かぁ)に
インストールされて戻ってくる。
時々、バグのように前の姿の時のクセが残っていたりするけれど
基本的にはリセットされた状態で戻ってくるのです。

そして、主人公・草薙水素の愛は、その状態を前提としています。

しかも、彼女はほかのキルドレより長く生き、戦闘機に乗らなくなった。
つまり死にません。
その一方で、彼女の愛したキルドレは死ぬ。
そして姿を変えて戻ってきます。
それが函南ユーイチの前任者であり、函南自身です。
でも、彼は最初、彼女にいつも気づかない。彼女だけが覚えている。
それを今まで何度繰り返したのか。そしてこれから何度繰り返すのか。
ストーリーの進行とともに、それに気づいたとき、
「なんて切ないんだ!そりゃ、死にたくもなるわ!」
と叫びたくなりました。

さらに切ないのは、それが大人たちのために作られた世界ということ。
戦闘機に乗るのは、キルドレたちだけです。
大人は戦況を知り、基地に見学にも来るけど戦争に参加しない。
つまり、キルドレたちの戦争は、社会(=大人の世界)から
完全に切り離されています。
大人が平和を実感するために作った、リアルを装ったバーチャルな世界。
そこには、キルドレたちだけが存在し、彼らの人生を生きているわけです。
こうして書いていても、ものすごく痛い話になってきました。


だけどもですね。


この映画がすばらしいのは、最後に希望があることです。

水素の愛した彼は何度も戻ってきて、また死んでいく。
ただ、何度めかに戻ってきた彼(=函南)はこれまでの彼と
違っていました。
彼はある選択をし、水素に言います。
「自分はティーチャーを倒す。君は生きろ」と。

ティーチャーというのは、倒せぬ敵であり、戦争を終わらせないための
システムであり、前述の大人の世界の象徴です。

このティーチャーを倒ことは複数の意味を持ちます。
一つはシステムを壊すこと。
壊すことによって何が起こるかはわかりません。ただ、延々とループする、
ここではないどこかへつながる可能性があります。

そしてもう一つは、函南の、あるいはキルドレの原型を倒すことです。
ティーチャーはかつての水素の上司であること、
フーコの記憶でかつて水素が娼館で会ったのが大人の男であったこと、
函南が「I kill my father.」ということ、
これらを考え合わせると、水素が愛した相手はティーチャーであり
おそらく函南はティーチャーのコピーです。
つまり、函南がティーチャーを倒すことは、自分の原型を倒すことであり、
自分が愛した女性がかつて愛した男性を、倒すことでもあるわけです。


ああ、すっげー深い。


結局、ティーチャーは倒せません。状況は変わらない。
そしてまた、水素の愛した彼は、別の姿で戻ってきます。
函南の後任者として。
ただ、このときの水素の反応は、函南を迎えた冒頭とは違います。
「あなたを待っていたわ」と言って、水素は微笑みます。

ここに、函南の選択を受けた、水素の選択がある。
状況は変わらない。ループは終わらない。
でも、その状況に絶望し、自ら死をもって終止符を打つのではなく、
いつか、この先、何度めかに現れた愛する彼が、ティーチャーを倒すこと、
それによって、何かが変わる(かもしれない)ことを待つ。
それがこのせりふに表れています。

絶望の中に小さな希望がともる。
正直、そのエンディングに心打たれました。


ついでに“おまけ”で書いておくと

この映画、細かいポイントがそれとなく効いているのもさすがです。

一つは脇役の三ツ矢と土岐野の存在。

三ツ矢は唯一の女性パイロットです。
彼女が抱える疑問、函南にぶつける感情を見ていると、
水素もかつてはこんな子だったのではないか、と思います。
キルドレの、キルドレであるという苦しみに真正直にぶつかっている。

一方の土岐野(谷原章介がほんとうまい!)は姿も大人びていて、
達観したような落ち着きがあります。
土岐野は基地と娼館とダイナーをただ行ったり来たりします。
酒を飲んで(函南はコーヒー)、たばこを吸って、女を抱く。
彼の人生にはそれ以上もそれ以下もない。
水素ほどではないにしても、彼も相当長生きしているパイロット
なんでしょうな。
水素や函南とは別の方向で、キルドレとしての悩みに決着をつけ
悟ると、こういう風になるのだろう、と思いました。

もう一つのポイントがタバコ。
水素は函南に話しかけるとき、たいていは「タバコある?」と聞きます。
彼女のタバコは函南のタバコとは銘柄が違うのに。

これがまた切ないんですよ。
かつて自分が愛した彼が、自分の記憶をなくして目の前に
立っているとき、話したいことはたくさんあるはず。
でも、言葉は出てこない。そんな彼女が彼にかろうじてかけられる言葉が
「タバコある?」なんだろうなと思うわけです。
今時タバコを吸うシーンをこれだけ出すことに
目くじらたてる人は多いでしょうが、これはやっぱり効果的ですよ。


うーん、考えりゃ考えるほど、細かいところまで良くできてる……。
ああ、また見たくなってきた。
| カブラギミツル | 映画の話 | 00:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
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